ご希望の飲食店情報を無料で検索できます

文字サイズ

ファストフード店事典

ファストフード店事典

ケンタッキーフライドチキン

ふっくらとやわらかいフライドチキンでおなじみのケンタッキーフライドチキン。数あるファストフードチェーン店のなかでも、フライドチキンを主力とした店は他に見られないのではないでしょうか?そのメニューと並んで有名なのは、白いスーツに身を包んだカーネル・サンダースです。企業の顔ともなっているサンダースは、ケンタッキーフライドチキンの創業者。フランチャイズというビジネススタイルを作り上げた人物でもあるのです。そのビジネスは、一体どのように築き上げられたのでしょうか。また、お得な豆知識も紹介致します。

代表メニュー

代表メニュー

店名があらわすように、主力商品はフライドチキンです。やわらかくジューシーに仕上がった「オリジナルチキン」は、ガリっとしたクリスピータイプのものとは異なり、やわらかくジューシーな仕上がりとなっています。この「オリジナルチキン」ですが、1羽を9ピースにカットし、5種類の部位を揃えていることはご存じですか?オーダーすると、ウィング(手羽)、リブ(あばら)、サイ(腰)、ドラム(脚)、キール(胸)の5種類のうちから、どれかひとつが提供されます。好みは分かれるところですが、ぷりぷりした食感で持ちやすいドラム、大きく肉厚で脂がのったサイが一般的に人気でしょう。公平に商品を提供できるように、部位の指定はできないとされていますが、サイ以外の部位であれば、店舗や時間帯によってリクエストに応えてくれる可能性もありますのでチャレンジしてみましょう。1ピースから購入でき、10ピース以上の購入でバーレル(大きな筒型の容器)での提供が可能となります。

サイドメニューでは、特製ハニーメイプルをかけて食べる「ビスケット」、キャベツなどを刻んだサラダ「コールスロー」などがあります。

また、「サンド」と呼ばれるバーガー類、トルティーヤ生地でチキンなどを包んだ「ツイスター」も揃えています。

フライドチキンの誕生

創業者はカーネル・サンダース。店頭にある等身大立像でおなじみのおじさんです。サンダースはアメリカ・インディアナ州で生まれ、10歳の頃から働いていました。多くの仕事を経験し、40歳でケンタッキー州のガソリンスタンドに併設したカフェを始めます。そのとき、看板メニューとして人気だったのがフライドチキンでした。素材にこだわり、味、サービスともに評判で、連日大盛況。1939年(昭和14年)に完成したフライドチキンのオリジナルレシピは、今もなお受け継がれています。

フランチャイズ展開

サンダースは、さらに新たな事業を展開していきます。フライドチキンを気に入ってくれた店に対し、オリジナルレシピを教えます。その代償として、売れたチキンの数に対して決まった額のお金を受け取るという、世界で初めてのフランチャイズビジネスをスタートさせたのです。1952年(昭和27年)、ユタ州で最初のフランチャイズ契約がされ、1955年(昭和30年)、ケンタッキーフライドコーポレーションが設立されました。その後、新しい高速道路が建設されて立地条件が悪くなり、また火事などの苦難を重ね、店を手放すことになります。このとき、サンダースは65歳。チキンを揚げる圧力窯とスパイスを車に乗せ、全米のレストランをまわり、フランチャイズ普及の旅を始めるのです。1963年(昭和38年)には店舗数600店を越え、アメリカ最大の外食チェーン店へと成長しました。1964年(昭和39年)、72歳で経営を退いたあとも、親善大使として世界中を巡ります。品質と味にこだわる職人気質と、現場で働くスタッフを大切に思う気持ちを持ち続け、90歳で生涯を閉じるまで現役を貫きました。

日本での歴史

日本では、1970年(昭和45年)、三菱商事との合弁会社としてスタートしました。マクドナルドと並んで、日本で大成功を収めたファストフード店です。カーネル・サンダースは、1972年(昭和47年)、1978年(昭和53年)、1980年(昭和55年)と3度来日しています。最後に来日した年の12月に、90歳でその生涯を閉じました。世界に数多くある店舗の中でも、日本のケンタッキーを一番気に入っていたと言います。その理由は、原材料も調理法も変えず、オリジナルに一番忠実で、理想の形を受け継いでいるからでした。

食べ放題の店舗がある!?

ケンタッキーのチキンが食べ放題できる店舗があるのをご存知ですか?この夢のような食べ放題は「カーネルパフェ」と呼ばれ、日本では大阪・箕面(みのお)市にある小野原店のみで実施しています。チキンにくわえ、サイドメニューやサラダ、ドリンクが1時間食べ・飲み放題できるとあって、全国からファンが集まっています。