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和食店事典

和食店事典

中村孝明氏

1947年(昭和22年)生まれの和食の料理人で、老舗「なだ万」で調理本部部長兼理事料理研究室室長まで務めました。「2代目和の鉄人」としても知られ、著作や調理器具、食品のプロデュースでも活躍しています。日本料理の老舗「なだ万」に長く在籍し、シンガポールでも料理長を務めました。1999年(平成11年)に退社するまでに、ホテルニューオータニ店を含む9店舗の統括料理長、料理研究室室長を歴任しました。

長崎修業時代

長崎修業時代

1947年(昭和22年)11月24日長崎県島原市に生まれ、高校卒業後の1966年(昭和41年)に「雲仙宮崎旅館」に就職し、料理の道を歩み始めました。長崎県雲仙市の「雲仙宮崎旅館」は、1929年(昭和4年)創業の老舗旅館で、明仁天皇皇后両陛下、徳仁皇太子殿下、秋篠宮両殿下も御宿泊しています。また、美空ひばりさんや北原白秋さん、野口雨情さんらも宿泊し、将棋の名人戦、囲碁の本因坊戦などもでも利用される格式高い旅館です。

1971年(昭和46年)大阪に移り、オリエンタルホテルなどで修業を重ねたのち、1978年(昭和53年)に和食の老舗「なだ万」に入社しました。

「なだ万」時代

「なだ万」では、ホテルニューオータニ店の副料理長、シンガポールのシャングリラホテル店の料理長を務めました。3年間の海外勤務ののちに再びホテルニューオータニ店に料理長として帰国しました。1996年(平成8年)、調理本部本部長・理事を務める傍ら、フジテレビ「料理の鉄人」で2代目和の鉄人として2年間活躍しました。対戦成績は37戦24勝11敗1分1無効試合、勝率64.8%でした。2連敗したあと「なだ万」の先輩である神田川俊郎氏とのアラ対決に敗れ、鉄人唯一の3連敗を喫し鉄人を引退しました。「なだ万孝明渋谷店」をプロデュースしたのち、1999年(平成11年)に同社を退社、江東区有明に「株式会社孝明」を設立しました。

レストラン中村孝明

1999年(平成11年)、敷居が高いとされがちな日本料理を気軽に楽しむことができる店として、「中村孝明ARIAKE」を開店しました。同店ではレストランウェディングや各種パーティーも行なうことができます。2002年(平成14年)には栃木県の「栃木の森ゴルフコース」に「KITCHEN中村孝明 in Tochimo」を、横浜高島屋8階ローズダイニング内に「中村孝明YOKOHAMA」を出店しました。「中村孝明YOKOHAMA」はステーキ懐石や名物フォアグラの茶碗蒸しを提供しており、ダイニング48席と個室1部屋の全60席で、個室の使用は5,400円です。2004年(平成16年)、マリタイムプラザ高松に四国の海や山の食材をふんだんに使った中村さんオリジナルの和食を提供する「中村孝明TAKAMATSU」をオープンしました。2007年(平成19年)には、名古屋市栄の松坂屋名古屋店本館10階に「中村孝明NAGOYA」を開店。伊勢海老のポワレや名物フォアグラの茶碗蒸しの味わえる「一期一味懐石」は8,500円です。自身の集大成として「日本料理中村孝明」「天ぷら花衣」「茶膳KOUMEI」を合わせた「中村孝明貴賓館」を2014年(平成26年)2月にオープンしました。

自身が監修を務め「中村孝明」の名を冠した包丁やハサミ、IH対応なべ、笛吹ケトル、まな板、雪平鍋、圧力鍋なども発売されています。