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和食店事典

和食店事典

栗栖正博氏

1957年(昭和32年)京都市中京区出身の日本料理人です。1928年(昭和3年)創業の「たん熊」の系譜を受け継ぐ「たん熊北店グループ」の代表取締役社長を務めています。「株式会社たん熊北店」が5店舗、「株式会社熊彦」が2店舗、「株式会社神戸たん熊」が3店舗、「株式会社熊魚庵たん熊北店」が7店舗を有しており、「たん熊北店グループ」は計17店舗を全国に展開しています。

来歴

来歴

1957年(昭和32年)10月16日、京都市中京区に生まれました。父は西木町の老舗京料理屋「たん熊北店」2代目の栗栖正一氏です。立命館中学校に通う傍ら、14歳から「たん熊北店」の厨房を手伝うようになりました。1976年(昭和51年)に入学した立命館大学在学中に調理士免許・ふぐ調理師免許を取得するなど、大学に通いながら夜になると店に出て調理を学び、卒業と同時に「たん熊北店」に入社しました。

入社から6年後の1988年(昭和63年)栗栖正一氏の逝去に伴って「たん熊北店グループ」の代表取締役社長に就任、同年2代目が展開していた「株式会社熊彦」と「株式会社神戸たん熊」の取締役も兼任します。1993年(平成5年)には「株式会社熊魚庵たん熊北店」を設立、東京方面や海外事業にも積極的に取り組み和食業界全体の底上げに力を注いでいます。辻調理師専門学校京都調理師専門学校で講師を務め、五条料理飲食業組合副理事長、京都府料理生活衛生同業組合理事、NPO法人日本料理アカデミーの副理事長でもあります。

たん熊

京都を中心に全国に展開する栗栖氏の「たん熊北店」。料亭としてではなく「料理屋」と語る栗栖氏はホテルや百貨店への出店も推進しています。

「たん熊」創業

1928年(昭和3年)、栗栖熊三郎氏が創業したカウンター割烹店京「たん熊」からその歴史がはじまりました。曳船(えいせん)で知られる高瀬川のほとりには旬の川魚を扱う生州(いけす)料理屋が並んでいました。その中にあって歌人・吉井勇伯爵や文豪・谷崎潤一郎が通う名店でした。

屋号「たん熊」は、創業者栗栖熊三郎氏の「熊」と修業先の老舗「たん栄」にちなんでいます。終戦後に営業を再開すると再び好評を呼び、1954年(昭和29年)に2号店を木屋町仏光寺にオープンしました。現在、栗栖正博氏が営む西木屋町のほうが北にあるので「たん熊北店」、2号店を「たん熊南店」と名付けられました。2号店は「本家たん熊」として「栗栖熊三郎」の名前を襲名しながら続けられています。

たん熊北店

2代目栗栖正一氏は、戦後復興に湧く日本経済の波に巧みに乗って3つのグループ会社と11店の店舗にまで拡大しました。次々と事業拡大する父の姿を見て「料理屋とは事業のひとつだ」と考えて育ちました。1988年(昭和63年)に代表取締役社長に就任した栗栖氏は、関西エリアを中心とした店舗展開を大きく転換します。バブル崩壊後の不景気や料亭での接待のイメージ悪化によって客足が鈍ると、東京方面への進出に乗り出しました。

「料亭ではなく料理屋」と言い切る栗栖氏は、門構えや格式にとらわれることなく、ちょっとおいしいものを食べたいときに足を運んだり、京都のおいしい料理を他の地方でも味わえたりできる事業展開をしています。ホテルや百貨店のテナントにも次々と出店していきます。お互いを目当てにくるお客さんを呼び込むことによる相乗効果も期待でき、「たん熊北店」目当てのお客さんをホテルや百貨店にも呼ぶことを目指しています。

また、京料理のみならず、天ぷらや鉄板焼き、ふぐ料理、すっぽん料理、茶懐石、出張料理、婚礼料理など、洗練された和食であらゆるニーズに対応しています。