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寿司屋事典

寿司屋事典

寿司屋の歴史

握り寿司の寿司屋が誕生したのは、江戸時代の東京です。誕生した当初は、庶民が気軽に立ち食いできる屋台としてスタートしました。当時の寿司は今のようにひとくちサイズではなく、おにぎりのような大きさだったため、小腹が空いたときにひとつふたつをおやつのように食べるというスタイルが多かったようです。

立ち食いの屋台が店になり、出前が主流に

立ち食いの屋台が店になり、出前が主流に

握り寿司が江戸の人々に浸透してくると、屋台から店を構える寿司屋も登場しましたが、客は立ち食いで、職人は正座をして寿司を握るというのがまだ一般的でした。明治の後期頃になると、寿司屋が街の売り子に寿司を降ろしたり、客が皿を持参して寿司を買いにきたりといった機会が増え、やがて、あらかじめ注文を受けた寿司を頼まれた場所まで配達する出前の形態が主流となっていきました。

「おやつ」の伝統は長く続いた

ちなみに、もともと寿司は食事というよりはおやつ的な扱いであったことから、寿司屋では長らく酒を提供していませんでした。寿司屋で酒が提供されるようになったのは、大正の末から昭和に入ってからのことで、寿司をつまみにちょっと一杯、というスタイルが広まったのもこの頃です。繁華街にある寿司屋では、店で食べる客が多く、繁華街から外れた寿司屋では出前が中心だったようです。とは言え、昭和に入ってからも寿司は「朝昼晩の三食以外の食べ物」という趣が強く、江戸時代に生まれたおやつのような食べ物であるという伝統が引き継がれていました。

湯飲み茶碗が大きい理由

寿司屋で出される湯飲み茶碗には大ぶりなものが多いのですが、その理由は、江戸時代の寿司が屋台から始まったことと関係しています。当時の寿司屋には店に立つ職人が一人しかいなかったため、お茶を交換する手間を省くために大きな湯飲み茶碗を用意したと言われています。

寿司桶の登場

寿司の出前のシンボルとも言える寿司桶が登場したのは、昭和10年頃です。それまでは、瀬戸物の皿か丼を使用するか、客が家から持参した重箱に寿司を詰めていました。当時の出前は徒歩か自転車で運んでいたため、重くて割れやすい瀬戸物ではなく、軽くて持ち運びやすい寿司桶が広まっていったようです。

トロは戦前から食べられていた

寿司ネタの中でも人気の高いマグロのトロ。日本人が食べるようになったのは戦後になってから、という説がありますが、実は大正時代後期から一部の人の間では好まれて食されていたとの文献が残されています。当時は「トロ」という呼び名ではなく、脂身を意味する「アブ」と呼ばれていました。

寿司屋の移り変わり

戦後の経済成長とともに、寿司屋は社交の場としての意味合いを強く持つようになりました。家族連れが心ゆくまで寿司を楽しんだり、企業のトップや政治家が商談や会合に使用したり。カウンターの前には冷蔵のショーケースが用意され、好みのネタを指して寿司を握ってもらうというスタイルもこの頃に定着しました。

1958年(昭和33年)には日本初の回転寿司店が大阪で創業し、その後日本中に広がりました。現在は、お手頃な価格で気軽に食べられる回転寿司店が次々にオープンする一方、一流の職人が握る高級寿司店の人気も根強く、寿司屋の二極化がますます進んでいます。