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寿司屋事典

寿司屋事典

寿司をテーマにした文学

日本の伝統食「寿司」は、物語、ルポ、俳句、和歌などの作品のテーマとして登場しています。また、寿司は多くの文人に愛され、その創作を支えてきました。

北大路魯山人「握り寿司の名人」

北大路魯山人「握り寿司の名人」

寿司をテーマにした文学として有名なのが、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)さんの「握り寿司の名人」です。近年では村上龍さんが「料理小説集」の中に「死ぬ前に三つ寿司を食べるとしたらどのネタか考えた事がある」を書いています。

「握り寿司の名人」

著者北大路魯山人は、1883 年(明治16年)3月23日、京都市北大路町生まれの芸術家です。本名は北大路房次郎(きたおおじふさじろう)で、書家を志して上京しました。篆刻家(てんこくか)・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などとして様々な作品を残し、1959 年(昭和34年)12月21日に肝硬変で死去しました。「にぎり寿司の名人」の中で、おいしい寿司を作るのに必要な物を挙げています。

  • 最上の米(新潟・福島・秋田辺あたりの小粒)
  • 最上の酢(愛知赤酢・米酢)
  • 最上の魚介類、いちばん高価な相場のもの。
  • 最上の海苔のり(薄手の草をもって厚く作ったもの)
  • 最上のしょうが(古しょうがの良品、新しょうがは不可)

江戸前寿司と上方寿司の違い

「江戸前寿司」と「上方寿司」の違いは、材料、味付け、技法の違いで、第一は「生気のあるなしだ」と北大路魯山人は言います。「江戸前寿司」はざっくばらんな調理法を用い、お客さんの目の前で魚の活きの良さを見せます。また、トロが濃厚でありながらあとに引かないという特徴があります。一方、「上方の京阪流箱寿司」は、なれ寿司を基調し勢いを感じることはないとしています。

文豪が愛した寿司

文豪、俳人、歌人など多くの文豪が様々な形態の寿司を好んで食しています。ここでは、夏目漱石や正岡子規が好んで食べた「松山鮓」と、江戸時代から書物に登場している寿司店「かぶら寿し」について見てみます。

松山鮓

松山鮓は、愛媛県松山地方の郷土料理で、祝いごとや来客の際に出す特別な料理です。瀬戸で取れるエソやトラハゼなどの「瀬戸の小魚」でとったダシと甘めの酢飯、地魚が入っているのが特徴です。すし飯の上に錦糸卵を乗せ、その上に魚介類を乗せます。1892年(明治25年)8月、東京大学の大学予備門の学生であった夏目漱石が初めて松山を訪れ、正岡子規の家に立ち寄ったとき、母・八重が出したのが松山鮓でした。和服であぐらをかいて箸を進める正岡子規と、洋服で正座して行儀よく食べていく夏目漱石の様子を、同席していた高浜虚子が「子規と漱石と私」(1973)で記しています。また、正岡子規は、松山鮓に関する俳句を数多く残しています。

「われに法あり君をもてなすもぶり鮓」

「ふるさとや親すこやかに鮓の味」

「われ愛すわが豫州松山の鮓」

正岡子規の没後新聞「日本」の俳句欄の選者を受け継いだ俳人で随筆家の河東碧梧桐(かわひがし へきごとう)も松山鮓を食べた経験を書き残しています。

かぶら寿し

北陸地方に見られるなれずしの一種で、野菜と一緒に漬け込むのが特徴です。金沢にある「四十萬本舗(しじまやほんぽ)」は、数多くの文豪達に愛されその書物に登場しています。

儒学者であった金子有斐(かねこありあきら)の「鶴村日記」の中で1826年(文政9年)1月3日、「雪降る、魚屋小兵衛方より鰤のすし(かぶら寿し)来る風味よろし」とそれに対して「雨天、鶴来町屋よりにしんのすし(大根寿し)来る」とあり、年末年始に「かぶら寿し」の寿司を贈り合う習慣があったことを示しています。

金沢の明治大正時代に生きた泉鏡花は、1920年(大正9年)「寸情風土記(すんじょうふうどき)」に「四時常にあらず、年の暮れに霰(あられ)に漬けて、早春のご馳走なり」、「此ればかりは、紅葉先生一方(ひとかた)ならずほめたまいき」と賞賛しています。

文豪・室生犀星(むろうさいせい)の娘・朝子が、「婦人画報」創刊80周年記念12月号に以下の文を寄せています。「父犀星が元気であった頃は、東京にいると、金沢からの客でもないかぎり、蕪ずし(かぶら寿し)は食べられなかった。」と書いていることからも「かぶら寿し」のお土産を楽しみにしていたことが伺えます。

第46、48、49、50、51代の内閣総理大臣であった吉田茂の息子で、作家の吉田健一は、「私の食物誌」で「金澤の蕪鮨(かぶら寿し)」に言及しています。「この鮨を漬けるのに麹の他に何を使うのであっても見た所は蕪と鰤と麹でつけたものがどうしてこんなに旨いのか分からない。」「さらにこの蕪鮨(かぶら寿司)の蕪と鰤の取り合わせということになると実際に食べてみる他ない」と撫ずしを賞賛しており、多くの著名人に愛されたことが分かります。